ディラン復活作「Time Out of Mind」で楽曲かため、解釈の余韻残す映画
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(…【映画を聴く】『ライフ・イットセルフ〜』前編「ボブ・ディランも太鼓判〜」より続く
【映画を聴く】『ライフ・イットセルフ 未来に続く物語』後編
他に類がない、一枚のアルバムにスポットを当てた選曲
1997年リリースの「Time Out of Mind」は、ボブ・ディランを“過去の人”から“現代を生きるアーティスト”に引き戻したアルバムだ。U2やピーター・ガブリエル、ネヴィル・ブラザーズをはじめ、1989年のディランのアルバム「Oh Mercy」を手がけて高く評価されたダニエル・ラノワをプロデューサーに迎え、全曲をオリジナルの新曲で固めている。
その数年前に「もう新曲は書かない」と宣言し、過去のレパートリーばかりを演奏するツアーを活動の主軸に置くようになり、リリースする音源も古いトラディショナル・フォークやカントリー、ブルースのカヴァー集や、キャリア30周年を祝した豪華ゲスト満載のトリビュート・コンサートの実況録音盤など、懐古的な作品ばかり。「書かないではなく、書けなくなったのでは?」という意地悪な見立てをするファンも少なくなかった。
そんな状況の中リリースされた「Time Out of Mind」は、言葉数の多い5分以上の長尺曲が大半を占め、ラノワの作り出す奥行感のあるサウンドスケープをバックに歌うディランの嗄れ声にも生気の宿った、一聴するだけで従来の作品とは次元が違うことがわかる充実作だった。実際、このアルバムは口うるさい“ディラニスト”から若い世代のファンにまで好意的に受け入れられ、90年代のディラン作品では最高の売り上げを記録するとともに、1998年のグラミー賞では最優秀アルバム賞、最優秀コンテンポラリー・フォーク・アルバム賞、男性ロック・ヴォーカル賞を受賞している。
前編の冒頭で触れたように、ディランの楽曲はさまざまな映画で使用されている。海外映画だけでなく、日本映画にも使用されることが多く、たとえば田口トモロヲ監督『アイデン&ティティ』では「Like A Rolling Stone」が、中村義洋監督『アヒルと鴨のコインロッカー』では「風に吹かれて(Blown’ in the Wind)」がテーマ曲的に使われていたりする。しかし、一枚のアルバムにスポットを当てた選曲というのは他に類がなく、それだけにダン・フォーゲルマン監督個人の強い思いやこだわりが反映されていると言える。
本作ではこのアルバムから「Love Sick」「Standing in the Doorway」「Not Dark Yet」「Trying to Get to Heaven」「Make You Feel My Love」「Million Miles」の6曲が使われている。ディランの詞に心酔する主人公のひとりであるアビーは、ベッドでじゃれてくる夫のウィルを制止し、「まだ暗くはなっていないけど、じきにそうなる」と歌われる「Not Dark Yet」に耳を澄ますように促す。また、のちのシークエンスでアビーは熱っぽく「あらゆる物語は語り手が入ると不確かになる。信頼できる語り手は人生そのもの。でも、人生そのものすら信頼しきれない」とも語っている。“まだ暗くない”から盲目的に希望を見出すこと、人生そのもの(ライフ・イットセルフ)を一方向のみから見つめることの危うさを伝えたかったのだろうか。もしくは、ディランの“復活作”である「Time Out of Mind」で楽曲を固めることにより、喪失と再生、別離と再会といった本作の骨子の強化を図ったのだろうか。いずれにしても、受け手それぞれに解釈の余地が与えられているという意味で、ディランの楽曲に通じる余韻を感じさせてくれる作品である。(文:伊藤隆剛/音楽&映画ライター)
『ライフ・イットセルフ 未来に続く物語』は11月22日より全国順次公開。
伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
出版社、広告制作会社を経て、2013年に独立。音楽、映画、オーディオ、デジタルガジェットの話題を中心に、専門誌やオンラインメディアに多数寄稿。取材と構成を担当した澤野由明『澤野工房物語〜下駄屋が始めたジャズ・レーベル、大阪・新世界から世界へ』(DU BOOKS刊)が刊行されたばかり。
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