話題作への出演が途切れない河合優実
【この俳優に注目】この数年来、年に何本もの映画やドラマに出演し、『PLAN 75』(2022年)や『ある男』(2022年)、主演を務めた『あんのこと』(2024年)など注目すべき作品の数々に登場している河合優実。今年1月から3月に放送されたドラマ『不適切にもほどがある!』(TBS)では1986年の不良高校生・小川純子を演じて、さらに脚光を浴びた。ヘアスタイルやファッションで時代の空気を再現したのも見事だったが、反抗してばかりなのも実は妻を亡くして抜け殻状態の父のためという娘の不器用な優しさや、大人への成長をきめ細かく表現した演技が印象的だ。
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主演、助演に関わらず、彼女が演じる人物たちは河合優実という個性を介することで存在が一層リアルになる。画面に映し出されるその姿が、どの時代に生きるどんな人間でも、観客にとって信じられるキャラクターになる。筆者が彼女に射抜かれたと感じたのは『PLAN 75』だった。75歳以上が自らの生死を選択できる制度が施行された近未来を描く同作で、「PLAN 75」のコールセンタースタッフを演じた河合は、あるシーンで不意にカメラを直視する。途端に観客席という安全地帯が取り払われ、作中に吸い込まれる思いをした。
『ナミビアの砂漠』では好感度の低い身勝手なヒロイン役に挑戦
物語の世界を過去でも未来でもない“今その時”にする本領を存分に発揮するのが、今年5月のカンヌ国際映画祭「監督週間」に出品された最新主演作『ナミビアの砂漠』だ。
河合が同作で演じるカナは、昨今の映画にはあまり見かけないタイプのヒロインだ。このうえなく身勝手で分別なく、誰に対しても冷ややかに意地悪。だが、好き放題に振る舞いながらもひどく苦しんでいる。
21歳のカナは東京で恋人と同棲している。美容脱毛サロンで働き、甲斐甲斐しく世話を焼く恋人をほったらかして街を遊び歩く彼女には実はもう1人恋人がいる。やがて優しいだけで退屈な恋人との住まいを出て、もう1人の相手と暮らし始めるが、クリエイターの彼とは衝突が絶えない。恋人たちや周囲に理不尽な八つ当たりを繰り返し、嘘をついて相手を傷つけるのもお構いなし。限りなく好感度が低い主人公だが、見ている誰もが自分の無意識の内に潜む何かを見てしまった感覚を味わうのではないだろうか。
カナを見ていて、ふと思い出したのがモーリス・ピアラ監督の『愛の記念に』(1983年)でサンドリーヌ・ボネールが演じた主人公だ。「いじわるで、嘘つきで、暴力的。」とされるカナは、約40年前の映画の主人公にどことなく似ている。あちらは16歳で家族と同居している設定だし、ストーリーも異なるが、自分というものをつかみきれず、奔放でわがままで、恋人や家族を傷つけ、誰の憧れの対象にもならない孤独さがどこかに似ている。両者とも、いきなり冷蔵庫からハムをつまみ出してムシャムシャ食べながら会話をするシーンがあるという偶然に気づいたこじつけかもしれないが。
東京の今を生きる20代の2人が作り上げた世界
監督の山中瑶子は1997年生まれで、2000年生まれの河合とほぼ同世代。19歳で撮った監督デビュー作『あみこ』を見た高校生の河合が、「女優になります」としたためた手紙を舞台挨拶の会場で手渡し、監督の作品に「いつか出演したいです」と伝えた劇的なエピソードもある。
本作のプロデューサーは監督に「二人で本当にやりたいことを自由に作ってくださいとだけ伝えました」と語っているが、まぎれもなく東京の今を生きる20代の2人が作り上げた世界は、同世代以外の感情も強く揺さぶる。それは国境をも越えるものであることは、先述のカンヌ国際映画祭において国際映画批評家連盟賞を受賞したことからも明白だ。
映画は今年だけでも『ナミビアの砂漠』のほかに『四月になれば彼女は』、『あんのこと』、『ルックバック』に出演、10月には『八犬伝』が公開待機中だ。来年はNHK連続テレビ小説『あんぱん』に出演が決まっている。
時代の精神でひとつの世代を緩く定義するのは可能だが、いつの時代だって人は人、自分は自分なのだ。いつの時代でも、どんな年頃でも、その場所で地に足のついた人間になる河合優実は、そんな本来言わずものがなの、当たり前すぎる前提を思い出させてくれる。(文:冨永由紀/映画ライター)
『ナミビアの砂漠』は、2024年9月6日より全国公開中。
[訂正とお詫び]初掲時に山中瑶子監督のお名前の漢字に誤りがありましたので修正いたしました。お詫びいたします。
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