【週末シネマ】『ルディ・レイ・ムーア』
『ビバリーヒルズ・コップ』シリーズなどで80年代に大人気を誇ったエディ・マーフィの最新主演作は、実在のコメディアンの半生を描くNetflixオリジナルの伝記映画『ルディ・レイ・ムーア』だ。
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日本では馴染みない存在だが、1970年代のアメリカで「ドールマイト」というキャラクターを編み出し、黒人たちの間で人気を博し、リズム感あふれるトークで「ラップの元祖」と呼ばれる伝説のコメディアン、ルディ・レイ・ムーアを、今年59歳になったマーフィが演じている。
歌手としてレコードも出し、ダンスもうまいが、どれもパッとせず、コメディアンの仕事はクラブでバンド演奏の前説ばかり。昼間はレコードショップの副店長で稼ぐルディは腹の出た中年男だ。サミー・デイヴィスJr.を目指したはずが、状況は悪くなる一方。そんなある日、彼は顔見知りのホームレスの問わず語りに耳を傾ける。デタラメでオチもないその話を磨き上げ、伝説のピンプ(女たらし)「ドールマイト」の物語としてライブで披露する。ファミリー向けどころか、真面目な大人も拒絶間違いなしの卑猥なネタばかりだが、これが受けまくり、ルディの人気は急上昇し、レコード店の同僚やクラブの仲間たちを巻き込んで、ライブを収録したレコードもヒットする。
さらなる転機は、当時ヒットしていたジャック・レモンとウォルター・マッソー主演のコメディ『フロント・ページ』(74)を映画館で見た時に訪れる。自分も仲間たちもさっぱり面白さがわからないが、白人観客は大笑いをしているのを見た彼は、黒人観客のための娯楽映画を自らの主演で作ることを思い立つ。
物語の後半は、映画作りに関しては全くの素人のルディたちが、プロやセミプロを引き込んで、無手勝流の映画製作を描く。『黒いジャガー』(71)などヒットを飛ばすブラックスプロイテーション映画(黒人主演のアクション映画)の流れに乗り、堅物のインテリ黒人演劇作家に、アクションとお色気、カンフーにエクソシストまで、当時の流行り物全てを盛り込んだ脚本を書かせ、ブラックスプロイテーションのスター、ダーヴィル・マーティンに監督を依頼する。
圧巻は、笑えるセックス・シーン。どう演じるか悩み抜いて到達したルディの哲学、真髄がある。3月に急逝した志村けんさんは生前「笑わせるのじゃなくて、自分が笑われるのが好きなんだ」と語っていた。面白さと楽しさだけを純粋に追求する姿勢はルディにそっくりだ。
ルディという圧倒的な主役を据えながら、彼を支える人々の個性もしっかり描く群像劇になっているのもいい。彼らの試行錯誤を見ているうち、劇中映画の撮影が終わる頃には、すっかり肩入れしているはずだ。
どんな難局に直面しても、「自分のなりたい自分になる」を貫いたルディについて、マーフィは「負けることを拒む敗者」と評している。完成した映画がやっと日の目を見たと思うと、新聞には酷評ばかり。沈みかける仲間たちに「誇りを持て」と鼓舞する気概は理想のリーダー像そのものだ。いつもドレスアップし、1人でもファンがいれば大サービスする芸人魂が美しい。ドールマイトのネタはお下劣だが、笑えるし、泣けるし、いい気分になれる。そして、やるせなさや哀愁がにじむエディ・マーフィの円熟が沁みる。
自信作に向けられた「犬でも見る価値がない」という悪評に、ルディは「そう言われると、見に行きたくなるもんだ」とうそぶく。ルディの言う通りで、逆にちょっと見てみたくなってくるが、本作はその欲求にもしっかり応える。旺盛なサービス精神はルディ・レイ・ムーアのスピリットそのものだ。
合わせて見たいのが、Netflixの『エディ・マーフィ ライブ!ライブ!ライブ!』(83)だ。マーフィが21歳の時に行ったスタンダップコメディのライブで、『ルディ・レイ・ムーア』劇中の「俺は若くて自由の身。思い描いたワルそのものさ」というラップの一節通りの姿が拝める。ゲイやAIDSへの偏見だらけのギャグは今の時代には完全にアウトであり、マーフィ自身が90年代に当時のネタについて誤ちを認めて謝罪している。36年後に作られた『ルディ・レイ・ムーア』で、ルディの仲間にはゲイもいれば巨体のシングルマザーもいる。
1983年のマーフィは若くて怖いものなしのワルだ。だが、還暦を迎えようとする今の彼は、若くてスリムで無知な21歳よりも、断然魅力的だ。(文:冨永由紀/映画ライター)
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