ケヴィン・スペイシーが、権力をつかむために非道な手段も辞さない冷酷な政治家を演じたNetflixオリジナルシリーズ『ハウス・オブ・カード 野望の階段』。シーズン6まで続いた同作の原作は、実はイギリスの小説で、30年前に本国のBBCでドラマ化されていた。Amazon Prime Videoで見ることができるBBC版とアメリカが舞台のNetflix版は共に見応えある出来映えだが、趣は違う。
イギリス初の女性首相マーガレット・サッチャー政権下で首席補佐官を務めたマイケル・ドブズが執筆した「ハウス・オブ・カード」が原作のBBC版は、サッチャー首相が辞任した1990年11月にシーズン1(全4回)の放送が始まった。
長年続いたサッチャー政権後の後継者選びから物語は始まる。主人公のフランシス・アーカートは保守党の庶民院(日本の衆議院にあたる)院内幹事長。Netflix版にも踏襲されたカメラ目線で視聴者に語りかけるスタイルで、今起きていることを映像で見せつつ、その内情を歯に衣を着せず明かしていく。自分について「ただの裏方」と言いながら、議員たちを思い通りに操るフランシスはやがて首相の地位に登りつめる。幹事長として手に入れてきた党内の秘密を武器にライバルたちを蹴落としていくのがシーズン1だ。
「マクベスも領主から王になった」と呟くフランシスに、「あなたが首相になるべきよ」と後押しをする妻のエリザベスはまさしくマクベス夫人そのものの働きをする。夫妻は倫理も道徳も踏みにじってあらゆる策略をめぐらせ、関わる人々はすべて捨て駒扱いだ。舞台俳優としてロイヤル・シェイクスピア・カンパニーで活躍したリチャードソンの演じるフランシスは薄笑いを浮かべ、「リチャード三世」や「マクベス」のマキャベリズムを体現する。
メディアの上層部を味方につけて世論を操り、若く有能な女性記者マティ・ストーリンの野心につけ込み、陰謀の真相解明に邁進する彼女をも絡めとる。情報の餌を撒き、想像をふくらませると「そう考えるのは自由だ。コメントはできない」と煙に巻きながら。この台詞はNetflix版のシーズン1で、主人公のフランシス・アンダーウッドと女性記者ゾーイの会話に引用されている。
感情を持てば、相手に利用されてしまう。そんな状況で老獪な政治家と若き政治記者は互いに「信頼している」と言い合う。フランシスの言う「信頼」とマティが言う「信頼」は同じものなのか? 仮に同じであったとしても、それをどう扱うか? 思惑と倒錯が交錯する展開はスリリングだ。
2020年の今見ると、大手新聞の記者さえ携帯電話を持たない90年代初頭と現代のスピード感との差は感じる。階級意識の強さ、あらゆる差別への無神経さ、男尊女卑もショッキングなほどあからさまだ。
一方で、権力に取り憑かれる者も真実を追求し続ける者も、心の強さも弱さも、人間の本質は簡単に変わるものではないことを改めて思い知らされる。テクノロジーの発達によって様々な目くらましが容易になり、却って物事がわかりにくくなっている今、過去から学ぶことは大いにある。フランシスが首相となり、新たな国王が即位し、当時まだ存命だったサッチャー女史を劇中で死去させるなど、タブーを顧みない大胆な作劇のシーズン2、シーズン3も必見だ。
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