強靭な肉体と高い演技力を武器にポール・メスカルが名優街道まっしぐら!
『グラディエーターII 英雄を呼ぶ声』で大役に挑んだ若き演技派
【この俳優に注目】第73回アカデミー賞作品賞に輝いたリドリー・スコット監督の名作『グラディエーター』(2000年)の続編で、現在公開中の『グラディエーターII 英雄を呼ぶ声』。前作でラッセル・クロウが演じた主人公マキシマスと同じく、奴隷から剣闘士(グラディエーター)となる新たな主人公ルシアスを演じるのは、映像デビューからわずか4年で既にオスカー・ノミネーションも経験済みの新鋭、ポール・メスカルだ。
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『aftersun/アフターサン』でアカデミー賞にノミネート
1996年にアイルランドに生まれ、演劇を学んだ後に舞台を中心に活躍していたメスカルはコロナ禍が始まった2020年に『ふつうの人々』でTVドラマに初主演し、いきなり第67回英国アカデミー賞TV部門主演男優賞を受賞した。そして2022年に『aftersun/アフターサン』に主演、26歳の若さで第95回アカデミー賞主演男優賞にノミネートされた。
筆者が初めて彼の演技を見たのはNetflixオリジナル映画『ロスト・ドーター』(2021年)。頭に浮かんだのは“彗星の如く現れる”という表現だ。オリヴィア・コールマン演じる主人公が一人旅で訪れたギリシャのリゾートにあるビーチ・バーで働く青年を演じていたメスカルは容姿端麗だが、過剰な華やかさはなく、地に足のついた落ち着いた様子は、映画初出演にしてヴェテランの安定感を思わせた。
『aftersun/アフターサン』では、普段は離れて暮らす11歳の娘を持つ若い父親を演じた。トルコのリゾートでの父娘2人の夏休みを、当時の父親と同じ年齢になった娘が20年後に振り返る物語で、大人になった娘がメランコリックな父が抱えていた葛藤に思いを馳せる。記憶の中で、愛情深い存在でいてミステリアスな空気もまとう複雑なキャラクターを、まだ20代半ばにしてメスカルは説得力あふれる表現で演じた。
『異人たち』では魅惑的で孤独な青年を自然体で演じる
さらに、山田太一の小説「異人たちの夏」を、現代イギリスを舞台に脚色した『異人たち』(2023年)では、アンドリュー・スコットが演じる主人公で中年の脚本家、アダムと同じタワーマンションに暮らす青年ハリー役も忘れがたい。人恋しそうで魅惑的だが、やはりミステリアスなキャラクターの深い孤独を、自然体の演技で伝えた。
リドリー・スコット監督は早くからメスカルに注目
小規模のインディペンデント作品を中心に、出演作にハズレなしでキャリアを築いてきたメスカルが次なるステップへと進んだのが『グラディエーターII 英雄を呼ぶ声』だ。
アフリカ北部に位置する王国ヌミディアに暮らしていた青年ルシアスが、ローマ軍の信仰によって最愛の妻を殺され、自身は捕虜となった末に奴隷商人に買われて故郷のローマでグラディエーターとなる。
これまでとは桁違いの規模の大作でいきなり主演という大役を任されたが、リドリー・スコット監督は『ふつうの人々』でメスカルに注目していたそうだ。『エイリアン』(1979年)ではシガーニー・ウィーヴァー、『テルマ&ルイーズ』(1991年)ではブラッド・ピットという無名の若手を大役に起用した監督の目に狂いはなく、24年という長いインターバルが正解だったと納得するばかりだ。
過去の出演作でメスカルが演じてきたキャラクターの多くは、ダメージを負ってどこか壊れた人物だったが、その視点で見ると、メスカルは前作で敵役コモドゥスを演じたホアキン・フェニックスに似た資質を持っている。そんな彼に、マキシマスの足跡を踏襲する主人公として抜擢したスコットの発想が素晴らしい。ルシアスは、前作の主人公マキシマスと比べると未熟な脆さも内包していて、それはかすかにコモドゥスに通じるものがある。そして哀愁を帯びたセクシーさという、『aftersun/アフターサン』や『異人たち』で演じた男性たちとの共通点もある。
身体能力と演技力の合わせ技でバトルに挑む
しかし何と言っても、グラディエーターを演じるのに欠かせないのはフィジカルの強靭さだろう。メスカルは学生時代、母国の国民的スポーツであるゲーリックフットボールのチームで優秀なディフェンダーだったというが、撮影前に入念なトレーニングで筋肉をつけ、身体能力と演技力の合わせ技で、人と人同士に留まらない奇想天外なバトルの数々に挑んでいる。
荒唐無稽にもなりかねないストーリーの中に真実味を盛り込むことができるのは、ドラマティックに演じながらもそこに自己陶酔が一切排除されているからだろう。『グラディエーターII 英雄を呼ぶ声』では、来日も含めて世界中で膨大な宣伝活動を行ったが、インタビュー動画を見るにつけ、ハリウッドの大御所である監督や敵役を演じた名優デンゼル・ワシントンと並んでも浮き足立つことのない冷静さに驚かされる。
印象的だったのは、ロンドンでのプレミア上映で英チャールズ国王と対面した時のことだ。アメリカのVariety誌のリポーターにコメントを求められたメスカルは「僕はアイルランド人なので、これが最優先事項ではありません。でも、リドリーにとって素晴らしいことです。彼にとってどれほど重要なことなのかはわかりますから」と率直に答えた。
肝は据わっているのに、同時に傷つきやすさや弱さも醸し出す。この、ある種むき出しな正直さが、人間という生きものの複雑さをリアルに演じる秘訣なのではないだろうか。
行手を阻むものなし、さらなる活躍に期待
大作への主演という大役も見事にこなした彼の次に控える出演作は、『ノマドランド』のクロエ・ジャオ監督がシェイクスピアとその妻を描く『Hamnet(原題)』で、メスカルはジェシー・バックリーとシェイクスピア夫妻を演じる。製作総指揮も務め、ジョシュ・オコナーと共演する『The History of Sound(原題)』、さらにリチャード・リンクレイター監督のミュージカル映画『Merrily We Roll Along(原題)』もある。
彼の行手を阻むものは何もない。自由で幅広いキャリアを築きつつある彼には、願わくはこれからも意欲的な挑戦を続けてほしい。彼の名声によって実現できるという作品は数多くあるはずだから。(文:冨永由紀/映画ライター)
『グラディエーターII 英雄を呼ぶ声』は公開中。
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