トランプに似ていないのにそっくり!? 周囲に反対されても“怪物”を演じた俳優の気概

#セバスチャン・スタン#アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方#この俳優に注目#A Different Man

『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』
『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』
(C) 2024 APPRENTICE PRODUCTIONS ONTARIO INC. / PROFILE PRODUCTIONS 2 APS / TAILORED FILMS LTD. All Rights Reserved.
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トランプの若き日を演じたセバスチャン・スタン

【この俳優に注目】セバスチャン・スタンといえば、多くの人が『キャプテン・アメリカ』シリーズのバッキー・バーンズ/ウィンター・ソルジャーを思い浮かべるだろう。マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)において、善悪で簡単に割り切れない多層的で複雑なキャラクターを演じる彼がもう一つ得意とするのが、実在の人物をフィクションで演じることだ。

【この俳優に注目】強靭な肉体と高い演技力を武器に名優街道を突き進む『グラディエーターII 英雄を呼ぶ声』主演俳優

最新主演作『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』で、スタンは1月20日に第47代アメリカ大統領に就任するドナルド・J・トランプの若き日を演じている。『聖地には蜘蛛が巣を張る』(2022年)を手がけたイラン系デンマーク人のアリ・アッバシ監督のもと、1970年代から80年代にかけてのニューヨークで若きビジネスマンとして頭角を表した青年がいかにして現在に通じる人格を得ていくかに迫る内容だ。

『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』

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仕草や口調の特徴をとらえて人物になりきる

父が経営する不動産会社の副社長を務める20代のトランプはどこかナイーブだが、政財界人が集う社交クラブで知り合った辣腕弁護士ロイ・コーン(ジェレミー・ストロング)に導かれ、「攻撃、攻撃、攻撃」「非を絶対に認めるな」「勝利を主張し続けろ」という、今も実践し続ける哲学を身につけ、トップへと昇りつめていく。

初々しかった青年の劇的な変貌を演じるスタンを見ながら、「似ていないのに、そっくり」という矛盾だらけの感心が湧き起こる。目鼻立ちよりも、ちょっとした仕草や口調、息づかいといった微細な特徴をとらえることで、その人物になっているのだ。

『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』

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スマホに大量のトランプ動画!

2022年に出演を決め、紆余曲折を経て2023年11月に撮影が始まるまで、スタンはスマートフォンに300近いトランプの動画を入れて再生し続けながら日常生活を送り、その内容をほぼ全て記憶し、20代から30代にかけてのトランプが何を考え、行動したかを心身に染み込ませた。その結果、撮影現場で脚本に書かれていない内容を求められても即興ですぐに演じることができたという。

周囲に出演を反対されてもオファーを受けた理由は?

2022年にトランプはすでに2024年の大統領選への出馬を表明していた。スタンの周囲では築き上げた成功を台無しにしかねないとして出演を止める声も少なくなかったという。

実際、『アプレンティス』のプロデューサーはクリント・イーストウッドやポール・トーマス・アンダーソンに監督を持ちかけたが、彼らはビジネスリスクと見做してオファーを断っている。一方、スタンは「挑まれること、(難役を演じるのを)怖いと感じること、『君にはできない』と言われることへの挑戦が好きだ」とオファーを受けた理由を語る。

 

独裁政権下のルーマニア生まれ、母と移住した子ども時代

その反骨精神はおそらく彼の生い立ちに関わるところが大きいだろう。1982年、独裁政権下のルーマニアに生まれたスタンは、政権が倒れた後に8歳で母親とオーストリアのウィーンへ移住した。ドイツ語を一言も話せない状態からやっと周囲に馴染んだ頃、母がアメリカ人と再婚し、家族でニューヨーク州に居を構えた。教育者だった継父の勤める学校に通いながら、演技に興味を持った彼は大学で演技を学び、2003年にTVドラマでデビューしてプロの俳優としてスタートを切った。

TVシリーズ『ゴシップガール』(2007年?2010年)への出演で注目された彼の転機となったのは2011年に出演した『キャプテン・アメリカ/ザ・ファースト・アベンジャー』だ。クリス・エヴァンスが演じる主人公の親友でありながら、洗脳されて暗殺者となったバッキー・バーンズ/ウィンター・ソルジャー役で善と悪の間で揺れる複雑なキャラクターを演じ、その後もMCUで同役を演じ続け、今年のGWにはフローレンス・ピューらと主演する『サンダーボルツ*』が公開される。

幼い頃から物真似が得意

スタンが俳優を志したのは高校時代だが、実はウィーン時代に一度映画に出演している。幼い頃から物真似が得意だった息子の才能を伸ばそうと、母親がさまざまなオーディションを受けさせる中、彼は12歳の時にミヒャエル・ハネケ監督の『71フラグメンツ』(1994年)でルーマニア人の孤児を演じた。だが、この時の経験については「すごく嫌だった。母に2度とやりたくないと言った」と後にインタビューで振り返っている。

しかし、物真似に欠かせない観察眼と再現力は彼のキャリアに大きく貢献している。『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』(2017年)では、フィギュアスケートのトーニャ・ハーディング選手の元夫で、オリンピック出場をめぐってトーニャにライバル脅迫をそそのかしたジェフ・ギロリーを演じた。1990年代のお騒がせセレブカップルを描いたミニシリーズ『パム&トミー』(2022年)では、ヘヴィメタル・バンド「モトリー・クルー」のトミー・リー役で全身にタトゥーメイクを施し、クレイジーなロックスターになりきった。それは模倣を超えた、いわゆる“役を生きる”という現象に他ならない。

タフでチャレンジ精神あふれる気質は役と共通?

『アプレンティス~』も含めて毎回、スタンが演じる実在の人物は、外見的にはむしろ自身とは似ていない。大人の事情で言葉も文化も変わり続ける環境を生き抜いてきた彼は、本能的に誰もが怯むような高い壁に敢えて挑戦しては見事にクリアする。そのタフさとチャレンジ精神は、本人には不本意かもしれないが、新しいアメリカの大統領と共通するものかもしれない。

ちなみにトランプ役に起用された理由について、監督から「君は酷い人物に人間味を持たせるのがとても上手い」と言われたとTV番組「The Tonight Show」出演時に語っている。

『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』

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昨年11月の大統領選挙でトランプが再選を果たし、映画を取り巻く状況は厳しいものとなった。アメリカは3月発表の第97回アカデミー賞に向けての賞レース真っ只中だが、毎年この時期にノミネーションを有力視される俳優同士が対談する名物企画では、トランプを演じたというだけで、面倒を避けたい他の俳優たちが対談相手として手を挙げず、スタンは不参加を余儀なくされた。

『A Different Man』でゴールデングローブ賞主演男優賞を獲得

だが、もう1作、賞レースに絡むのではと目されているのがA24製作の主演作『A Different Man(原題)』だ。スタンは同作で1月5日(現地時間)に、第82回ゴールデングローブ賞主演男優賞(ミュージカル・コメディ部門)を受賞した。皮膚や骨に腫瘍が生じる遺伝子疾患の神経繊維腫瘍を患う主人公が整形手術で美しい外見を手に入れた後を描く物語だ。

受賞スピーチでスタンは「障害や外見の損傷についての私たちの無知や不快感は、今すぐに終わらせなければなりません。私たちはそれを普通のこととして捉え、私たち自身と私たちの子どもたちがそれに触れ続けなければなりません。受容を促してください。私たちが実行できる方法の一つは、包括的な物語を支持し続けることです」と呼びかけた。さらに「作るのが簡単な映画ではなかった。幸運にも関わることができて誇りに思うもう1本の作品、『アプレンティス~』も同様です。難しい題材ですが、こういう映画はリアルであり、必要なのです。恐れて目を背けてはならないのです」と語った。

昨年末には東京コミコンで来日してファンと交流するなど、エンターテイナーとしての役割もしっかり果たしつつ、現実をつぶさに描く作品で社会に問題提起をすることも使命とする。気骨ある彼のさらなる活躍には期待しかない。(文:冨永由紀/映画ライター)

『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』は、2025年1月17日より全国公開中。

<参考資料>
「GQ」(イギリス版)インタビュー、「The Tonight Show」出演回、 ルーマニアのラジオ出演時インタビュー

[動画]トランプ前大統領、気弱で繊細な青年はいかにして怪物に?映画『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』予告編