見えない恐怖に追い詰められ闘うヒロインを主役にした『透明人間』は現代社会の寓話か

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『透明人間』
(C)2020 Universal Pictures
『透明人間』
(C)2020 Universal Pictures

『透明人間』という言葉から想像するイメージは何だろうか? H・G・ウェルズのSF小説や映画化作でおなじみの、クラシック・ホラーの定番のキャラクターだが、21世紀の現代に舞台を置き換え、今までにない視点のサイコ・サスペンスとして蘇った。

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主人公は、天才科学者エイドリアンの恋人のセシリアだ。キャリアを築いてきた女性でありながら、エイドリアンの異常なほどの束縛に籠の鳥生活を続けていた彼女はある夜、同居していた豪邸から脱出を図る。協力者に匿われ、息を潜めて暮らす彼女のもとに、エイドリアンが失意のあまり自殺し、莫大な遺産が彼女に与えられるという知らせが届く。追われる恐怖から解放されたものの、エイドリアンの自殺に疑念を捨てきれないセシリアの身に、次々と不可解な事件が起きていく。彼女は「見えない何か」の存在に気づき、その脅威を周囲に訴えるが……。

2017年にユニバーサル・ピクチャーズが同社のクラシック・モンスター映画をリブートする企画「ダーク・ユニバース」の1本としてスタートした作品で、その時点ではジョニー・デップ主演と伝えられていたが、脚本家の降板に伴ってデップ主演もキャンセルとなり、新たに『ソウ』シリーズのリー・ワネル監督が脚本も手がけることになった。

『透明人間』は1933年以来、スピンオフも含めて多くの作品が作られてきた。自ら開発した薬品によって透明人間になった科学者が狂気に陥る物語だが、それをどの視点でどう描くかで、19世紀末に執筆された原作が現代人にリアルに響くストーリーになる。主役を透明人間ではなく、彼に狙われる女性に変えた発想は見事だ。ゴールデン・グローブ賞やエミー賞を受賞したTVシリーズ「ハンドメイズ・テイル/侍女の物語」のエリザベス・モスが、身の危険を訴えても周囲に理解されず、追いつめられていくヒロインを演じる。

緊迫感に満ちた脱出劇、そしてその後にどうなるのかはわかっている。それでも引きつけられる。ヒロインが、姿は見えない何かの気配に気づき、その正体について確信を得るまでがとにかく怖い。目に見える存在によって肉体的に傷つけられるよりも、生命が狙われるよりも、恐ろしいことがある。透明人間によって巧妙に孤立させられ、1人で闘うことを余儀なくされるセシリアがさらけ出す弱さと、決して諦めない強さが、荒唐無稽なはずの設定にリアリティをもたらし、寓意に満ちた社会派のメッセージを伝える。2020年にふさわしいリブート作だ。(文:冨永由紀/映画ライター)

『透明人間』は2020年7月10日より全国公開