『日本沈没2020』の音楽が秀逸すぎる! 環境音楽の第一人者・吉村弘も起用

#アニメ

『日本沈没2020』
2020年7月9日よりNetflixにて独占配信中
『日本沈没2020』
2020年7月9日よりNetflixにて独占配信中

湯浅政明監督のNetflixオリジナル作品『日本沈没2020』の配信がスタートした。小松左京の原作小説はこれまでに2度、1973年と2006年に実写映画化されており、テレビドラマやラジオドラマにもなっているが、アニメ化されるのは今回が初めて。本作の音楽的な注目ポイントは、これまで湯浅監督と『ピンポン THE ANIMATION』や『DEVILMAN crybaby』でタッグを組んできた牛尾憲輔が劇伴を担当していること。劇中に巷で話題の「環境音楽」の重要曲が使われていること。オープニングに大貫妙子&坂本龍一の名曲「a life」が使われていることの3つだ。

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まずは牛尾憲輔の劇伴について。ソロユニット=agraphとして活動しながら電気グルーヴのサポートメンバーもこなす牛尾は、以前からアニメ好きを公言し、湯浅監督作品以外にも山田尚子監督の『映画 聲の形』や夏目真悟監督の『ブギーポップは笑わない』などの音楽も手がけている。どの作品にも共通しているのは、テクノ畑のミュージシャンでありながらそこに留まらない豊かな音楽性。派手なアクションやドラマティックなシーンを直線的なビートで煽るのではなく、あえて抽象的かつ柔らかなサウンドで包み込むタイプの音楽家である。

本作の大きなテーマは、家族の絆。ひとつの家族とその仲間たちが、沈みゆく日本で生き残りをかけて助け合うロードムービーだ。エピソードを追うごとに大切な家族や仲間がひとり、またひとりと姿を消すという点ではなかなか救いを見出しにくい物語に思えるが、どのエピソードにも絶望を補うだけの希望の兆しがあり、その演出に関して牛尾の音楽が担う役割は大きい。サウンドトラックには全41曲が収録される予定だが、劇中曲はどれもが物語と有機的に絡みながら、音楽作品としても独立した、浮遊感のある心地よいサウンドを聴かせる。

そして「環境音楽」の重要曲について。エピソード5「カナシキゲンソウ」の中盤、シャンシティと呼ばれるコミュニティでナイトパーティが開かれるシークエンスでかかる曲だ。人気ユーチューバーのカイトは、行動を共にする古賀春生が肌身離さず持ち歩いているレコードバッグから一枚のレコードを取り出し、DJブースで回しはじめる。多肉植物を大きくあしらったジャケットが印象的なそれは実在するレコードで、知る人ぞ知る日本の環境音楽の第一人者、吉村弘が1986年に発表した『GREEN』というアルバムだ。カイトはその1曲めの「CREEK」という曲に四つ打ちのハウスビートを重ね、その場を盛り上げる。

吉村の音楽が広く知られるようになったのは、つい昨年のこと。風景に溶け込むような静かでミニマルな日本の現代音楽=環境音楽ばかりを集めたコンピレーションアルバム『KANKYŌ ONGAKU Japanese Ambient, Environmental & New Age Music 1980-1990』が米シアトルのLight in The Atticというレーベルからリリースされ、そこに吉村の楽曲も収録されていたのだ。細野晴臣、坂本龍一、YMO、深町純、久石譲といった有名どころの楽曲から芦川聡、インテリア、土取利行、イノヤマランドなどマイナーながら根強いファンのいるアーティストの楽曲までを網羅したこのコンピレーションは、第62回グラミー賞で最優秀ヒストリカル・アルバム部門にノミネートされるなど音楽ファンの中で大きな話題となり、牛尾も少なからぬ影響を受けたという。この曲の使用を監督に提案したのも彼らしく、サウンドトラックにおいて絶妙なアクセントになっている。

最後に、大貫妙子&坂本龍一によるオープニング曲「a life」について。これは大貫のヴォーカルと坂本のピアノだけで録音された2010年のアルバム『UTAU』に収録された楽曲。オープニング映像は本編とは違う水彩画タッチでヒロインとその家族の朝の日常を描いているが、これに「汗を流そう/ごはんを食べよう/ぐっすり眠ろう/つま先まで」と歌われる「a life」が重なることで、何気ない日常のルーティンがいかに愛おしいものかが示される。透明感のある大貫の歌声はこれまでも様々な映像作品の顔として重用されてきたが、既成の楽曲がここまで作品とシンクロしたケースは本作が初めてかも、と思わされる。

アフターコロナの手前で進むべき道を模索している現代の自分たちに重なるエピソードがあまりにも多い『日本沈没2020』。何度もやってくる唐突かつ容赦ない展開には閉口するが、本作にはディザスターだけでは終わらない感情と機運の振幅が刻まれている。これほど“今”を映した作品が2020年のこのタイミングで提示されたことを、我々はよく憶えておかなければいけない。(文:伊藤隆剛/音楽&映画ライター)