『トランスフォーマー』シリーズなどで知られる俳優シャイア・ラブーフによる、自伝的内容の脚本を映画化した『ハニーボーイ』は、主人公である22歳の人気俳優、オースティンの仕事場から始まる。人気子役から若き映画スターに成長し、ストレスからアルコールに溺れた挙句、飲酒運転事故を起こしてリハビリ施設入りするまでを駆け足で見せる描写は、20代半ばから数々のトラブルで世間を騒がせたラブーフの半生をなぞるようだ。
施設でオースティンにPTSDの傾向があると見たカウンセラーは原因を突き止めるための執筆を促すのだが、これもラブーフの実体験をもとにしている。2017年、ラブーフは映画撮影で滞在していたジョージア州にて公然酩酊で逮捕され、10週間リハビリ施設に入所した。その際にPTSD症状があったことから、曝露療法の一環として書いた脚本を読んだ友人で映画監督アルマ・ハレルが手を挙げ、映画化が実現した。
劇中でオースティンが振り返ったのは10年前、12歳の記憶だ。人気番組の子役スターだが、前科のある父ジェームズとモーテル暮らし。無職の父は禁酒会に通いながら、スタジオまで息子の送迎をし、家では些細なことで感情的になって暴力を振るう。そんな父親にささやかな反抗も試みながらも、愛情が向けられることを期待せずにはいられない少年の姿が痛々しい。12歳のオースティンを演じるのはコーエン兄弟脚本の『サバービコン 仮面を被った街』、『フォードvsフェラーリ』ではクリスチャン・ベールの息子を演じた名子役のノア・ジュプ。巻き毛の髪と、どこか寂しげな表情が少年時代のラブーフによく似ている。
息子が稼いだ金で遊び暮らすわけでもなく、自らの不甲斐なさに苛立ち、理不尽に当たり散らす負け犬、ジェームズを演じるのはラブーフだ。絵に描いたような毒親の、そのどうしようもなさ、哀れさをこれほどリアルに描写できたのは、息子として父親を知り尽くした彼が演じたからに他ならない。父親の視点から、最もつらいであろう自身の過去を再現することは、彼にとってはある種のセラピーにもなったはずだ。
成人したオースティンを演じるのは、2016年に『マンチェスター・バイ・ザ・シー』で20歳にしてアカデミー賞助演男優賞候補になったルーカス・ヘッジズ。役を日常にまで引きずり、架空と現実の線引きが曖昧になる精神状態、外界から切り離された施設でもがきながら、過去と向き合う若き才能の葛藤を繊細に表現している。
撮影はラブーフがリハビリを終えて2週間後に始まったというが、わずか数ヵ月間で、脚本もキャストも最高のレベルが揃った奇跡のような作品だ。映画の舞台となる時代は1995年と2005年で、22歳のオースティンが少年時代を振り返る設定だが、1986年生まれのラブーフが自身の経験を見つめ直したのは31歳の時。オースティンより10年近く年長になっていたからこそ、過去をただ振り返るのではなく、理解しようという姿勢がこの物語を生み出したと思えてならない。
父のことも自分のことも責めていない。必要以上に美化もしない。消えない痛みと共にどう生きるか、どのように平和を見出すか。彼らに似た経験をした人は少なくないはずだ。正解はひとつではないが、ラブーフがたどり着いた答えがここにはある。(文:冨永由紀/映画ライター)
『ハニーボーイ』は8月7日より公開中
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