消防士、ロックバンド、レーサー、選挙……、様々な設定を家族とコスプレで再現するユニークな作風で注目された写真家・浅田政志とその家族を、実話を元に映画化した『浅田家!』。『湯を沸かすほど熱い愛』の中野量太監督のもと、主人公・政志を二宮和也、政志を見守る兄を妻夫木聡、両親を平田満と風吹ジュンが演じる。
・逆行する時間に混乱、奇想天外で現実的、ノーラン監督の想像力にのみこまれる150分
原案は浅田による2冊の写真集「浅田家」と「アルバムのチカラ」。自身の家族写真を収録した前者、そして東日本大震災後に被災地へ赴き、写真洗浄ボランティア活動を取材した後者を合わせて脚色し、家族と3.11という2つのテーマで映画は展開する。
前半は、三重県に暮らす浅田家の物語。次男・政志がプロの写真家になるまでを描く。優しい父と働き者の母、真面目な兄・幸宏に囲まれて、小さな頃から写真を撮り続けてきた政志はプロを目指すが、なかなか芽が出ない。地元に残って就職した堅実な幸宏に比べると、マイペースでやりたいことしかやらない政志だが、家族は温かく見守り、思うまま自由にさせている。
家族や、幼なじみの若奈(黒木華)の物わかりの良さに甘える政志の自分勝手さがギリギリ憎めないレベルに収まるのは、二宮が醸し出す愛嬌のなせる技だ。そして、他の作品では政志のようにちゃっかりした愛されキャラも得意な妻夫木が、両親に溺愛される弟に振り回されつつ、家族みんなが幸せであることを第一に考える人柄のいいお兄さんを演じる。キャラのスイッチも可能な二宮と妻夫木は今回が初共演だが、兄弟という組み合わせが見事にはまっている。
息子たちを愛情たっぷりに育て、コスプレ撮影では喜んで被写体となる両親を演じる平田と風吹が加わり、どこにでもありそうでなかなかいない、浅田家という素敵な家族が構成される。劇中では「浅田家」収録作品を、浅田家を演じる俳優4人が忠実に再現し、浅田が撮影している。
つい、易きに流されそうになる政志を叱咤し背中を押す若奈も含めて、芸術家とそれを支える者の関係性が、犠牲的な印象ではなく“この愛情がちゃんと糧になるから報われる”と思わせる形で作られていく。それは政志が写真集「浅田家」で木村伊兵衛写真賞を受賞し、写真家として成功を手にすることに留まらず、その後に起きた東日本大震災の被災地での写真洗浄ボランティアのエピソードを描く後半につながっていく。
かつて撮影した家族の消息を求めて岩手県に赴いた政志は、そこで瓦礫の中から集められた膨大な家族写真を洗浄するボランティアの青年・小野と知り合う。彼の手伝いをしながら、避難生活を送る住民たちと接し、自分の核となる2つのもの、“家族”そして“写真”とは何か? を見つめ直す。映画のトーンは前半と大きく変化し、政志も変わる。政志のキャラクターは周囲の人々に反応することによって豊かになっていく。ここでは静かな佇まいの中に複雑な葛藤を押し隠す小野や避難所暮らしの少女の存在が、それまで見えていなかった政志の側面を引き出す。菅田将暉が、いつもの燃えさかるエネルギーを抑えて小野役を好演している。
妻夫木は演じるにあたって、幸宏さん本人の「政志と僕が仲の良いことが最大の親孝行」という言葉が胸に響いたという。仲良く、というのが実はとてもデリケートで難しいということを、コロナ禍が続くこの数ヵ月間で噛み締めている人は多いのではないだろうか。気のおけないはずの親友や家族とさえ、困難に感じる時がある。相手のことを考えて、そのうえで誰かに甘えることができて、誰かから甘えられたり、甘えさせたりすることができる。共感と、許し合える優しさが幸せをもたらす。4人の小さな世界を少しずつ広げていく浅田家と周囲の人々がカメラに向ける表情は、幸せという感覚が無数の形を持っていることを思い出させてくれる。(文:冨永由紀/映画ライター)
『浅田家!』は、2020年10月2日より公開中
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