新人・服部樹咲に集まる注目
9月25日公開から5週目で興行収入が5億円を突破し、息の長いヒットとなった映画『ミッドナイトスワン』。主人公のトランスジェンダー・凪沙に扮する草なぎ剛の渾身の演技が絶賛されているが、凪沙のもとに身を寄せる少女・一果を演じた新人・服部樹咲にも大きな注目が集まっている。
母親から育児放棄されていた中学生の一果は、東京で暮らす親戚の凪沙に預けられることになり、上京してくる。反発し合うばかりだった2人がやがて心を通わせ、母と娘のような関係を築いていく過程に、一果がバレエという夢と出会う見つけるドラマが加わる。
バレエでの受賞経験はあるが演技は初めて
オーディションで抜擢された服部は4歳から始めたバレエで数々の受賞経験はあるが、演技はこれが初めて。だが、親から愛されずに育ち、言葉にできない感情を時折爆発させてしまう一果の内に秘めた激しさも、夢に向かうひたむきさも見事に演じている。
そんな彼女を、オーディションの1組目のチームの中で見つけた内田英治監督は、ナチュラルという点において「演技経験がない人は最強」と言い、「1回限定の最上級の役者さんが来てくれたなと思いました」と、その出会いについて語る。
ナチュラルであると同時に、彼女にはバレエを通して磨いてきた天性の表現力がある。言葉に頼らずに、複雑な心境や葛藤を表現するのは容易なことではないはずだが、彼女はそれを恐れない。むしろその沈黙の中の佇まいで多くを物語ることができる。さらに、草彅との相性の良さも格別だった。監督は2人について「反応し合う役者」と語る。相手の芝居を受けて感化され、返していくやりとりにはアドリブも少なくなかったという。
草なぎは「僕の目の前にいるのはほんとに一果だった」と服部との共演について語る。「女優さんとしては生まれたてでそこにいる彼女を見たときに、僕もまたゼロに戻してもらえた」と振り返った。
取材で会った素顔の彼女は14歳という年齢相応の初々しさと素直さが印象的だった。一所懸命に自分の言葉を探しながら、物怖じすることはなく率直に語る。もともと演技に興味があり、自らオーディションに参加した彼女は、一果という大役を演じて女優という仕事は興味から現実へと変化した。“初回限定のナチュラル”という奇跡は「一度きりかもしれない」と自覚しつつ、「今後もまっさらな気持ちで演技ができるように頑張りたい」と語る。
演技経験ゼロの素人が大抜擢を経て、プロの俳優へと進化してきた例はたくさんある。バレリーナから転じた名女優はオードリー・ヘプバーン、シャーリーズ・セロンもいる。自らの中に新たな可能性を見つけた若き表現者がこの先、どんな花を咲かせて見せてくれるのか、次なる一歩が楽しみだ。(文:冨永由紀/映画ライター)
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