『コンフィデンスマンJP』では“イケメン”を笑いに昇華
【週末シネマ】7月18日に亡くなった三浦春馬の最後の主演映画『天外者』が公開された。薩摩藩士から明治政府役人を経て実業家となった五代友厚の一生を描く作品で、タイトルは鹿児島弁で「凄まじい才能の持ち主」という意味。その言葉は、五代本人を指すのはもちろんのこと、地位や名誉よりも未来に想いを馳せた男を演じた三浦春馬その人を表すものにも思える。
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幼少期から才気煥発だった五代が、長崎で同世代の坂本龍馬、岩崎弥太郎、伊藤博文と交流していた青年時代から映画は幕を開ける。主役は画面に登場するや、文字通りの全力疾走を始める。こんなにも直球でパワフルな三浦春馬をスクリーンで見たことはあっただろうか、と思う。
五代の短い生涯で成した功績を詳らかに描くには映画1本では無理がある。そこで、明るい未来を信じて大志を抱いていた青年期がより印象的な構成になったようだ。現代的なテンポで、歴史劇の新しいアプローチを提示している。超大作ではないゆえ、厳しい状況はあっただろうが、それを補う作り手側の熱意と創造力を全編に感じる。
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大きな夢を追い、恋をし、大胆な行動力で理想を実現していく五代を演じながら、殺陣に英語の台詞もこなす。2019 年現在のスキルを最大限に見せたこの作品は、三浦が海外での活躍を目指すのに申し分ない名刺がわりになったはずだ。
振り返ってみれば、子役として仕事を始め、アイドルだった10代の頃から彼は幅広い演技を披露してきた。1作ごとに、激しさから穏やかな優しさへ、優雅から無骨へ、極端から極端へ、滑るように流れるように姿を変えていく。五代友厚として、力強く前向きなエネルギーを発散し続ける雄姿もまた、それまでとは違う煌めきがある。多彩なキャリアの中で、筆者に最も馴染みのある、映像作品での三浦春馬について考えてみた。
シンプルに、いい俳優なのだ。何を演じてもこれ見よがしではなく、そのままスッと「その人」になっていた。
生来の華があり、その出力の調節が絶妙だ。彼が演じるから、冴えない平凡な青年でも魅力的になる。『東京公園』や『アイネクライネナハトムジーク』など、主人公のちょっと頼りないくらいの素朴さは、三浦春馬という器があってこそのもの。器であると同時に、その中身も丹念に作り上げていく。どの役にもしっくり馴染む、変幻自在の中身と器だ。
穏やかな好青年がハマり役かと思えば、ドラマ『オトナ高校』や映画『コンフィデンスマンJP』シリーズでは、 “イケメン”という揺るぎない事実を笑いに昇華させることも難なくやってのけた。
『恋空』や『君に届け』などでその年代でしか演じられないラブストーリーを、ドラマ『ラスト♡シンデレラ』で色香を振りまいたかと思えば、直後の主演ドラマ『僕のいた時間』では自ら企画を提案し、筋萎縮性側索硬化症(ALS)を発症した若者を演じた。映画では、古厩智之(『奈緒子』)や青山真治(『東京公園』)といった監督と珠玉作を世に送り出し、行定勲監督の日中合作映画『真夜中の五分前』では、ほぼ全編中国語のセリフを完ぺきにこなし、社会現象にもなった劇画を映画化した『進撃の巨人』シリーズに主演。カズオ・イシグロの原作をドラマ化した『わたしを離さないで』、NHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』、昨年の主演ドラマ『TWO WEEKS』では初めて父親役にも挑戦した。
映像のみならず、舞台でも活躍し、特に2016年にミュージカル「キンキーブーツ」ではドラァグクィーンのローラ役で強烈なインパクトを放った。艶やかでパンチの効いた存在感は大好評を集め、第24回読売演劇大賞優秀男優賞と杉村春子賞を受賞している。
いうなれば、出演したものすべてが代表作。見た人それぞれが「これこそ」と思う作品がある。10代の主演作という人もいるだろう。ドラマや、近年その才能を開花させたミュージカルや舞台劇という人も多いはずだ。その意味で『天外者』もまた、誰かにとっての三浦春馬の代表作となるだろう。
三浦春馬は努力していることを隠さなかった
一度だけ、2011年に取材したことがある。“イケメン俳優”という先入観を見事に裏切る、“百聞は一見にしかず”の見本のような人だった。
実際に会ってみなければわからない。いや、会ったところで本当は、わからない。彼は目の前の相手に合わせる人なのではないかと思う。迎合という意味ではなく、相手の表情や言葉に注意を払い、やり取りをする。特にインタビュー取材のような場では、即興劇で相手が思い描く“三浦春馬”を演じるような感覚もあったかもしれない。
1つ確信が持てるとすれば、それは21歳の彼が俳優という仕事に真摯に向き合うプロフェッショナルだったこと。若くして主演を任される場合、技術よりもそのままの素の魅力を求められての起用もある。もちろん、それもかけがえのない才能であり、彼の場合、その輝きも兼ね備えている。
だが、もしかしたらその華を邪魔に感じたこともあったのでは?という気がした。自ら放つ華やかさが目眩しになって、芝居そのものに気づいてもらえない。そんな歯痒さを覚えていたのではないか。印象的だったのは、演じることを追究する姿勢だった。こんなことまで話して大丈夫かと思うくらい、演技の極意を語ってくれる。それを明かしたところで、他人が応用できるものではないとわかっていたのかもしれない。そして鮮明に記憶に残った一言がある。
「人間って単純じゃないですよね」。
その口調には21歳の若さに不釣り合いな、不思議な説得力があった。
努力を見せるのを嫌い、「何もしてません」という顔をする人も多いなか、彼は努力を重ねていることを隠さなかった。「まだ本気を出していないから」という言い逃れが許されない、退路を絶った一所懸命をそのまま見せる潔さは美しかった。
顔は履歴書、という言い方がある。目鼻立ちの良し悪しとは関係なく、人柄は確かに顔に出る。その意味でも、彼はこの数年で格段にいい顔になっていた。
『天外者』とほぼ同時期に撮影され、来年には映画版が公開されるNHKの国際共同制作 特集ドラマ『太陽の子』で、三浦は太平洋戦争末期の下士官を演じた。病気療養で一時帰宅した彼が再び戦地へ戻る日の、母親との別れのシーンで見せた演技に心を打たれた。言葉にしてはならない本心があることを、視聴者にどう伝えるか。彼はそれを呼吸、微かな視線の揺らぎ、気持ちと裏腹の表情で表現した。
今年になってミュージカル「ホイッスル・ダウン・ザ・ウィンド〜汚れなき瞳〜」に主演し、その舞台がコロナ禍で中断せざるを得なかった経験をした彼が、最後に取り組んでいたのがドラマ『おカネの切れ目が恋のはじまり』だ。
第3話のラスト、彼が演じる社長御曹司で浪費家の慶太は、失恋した同作の主人公・玲子が悲痛な心のうちを吐露するのに耳を傾け、涙ぐみながら微笑む。相手の一語一語をしっかり受けとめて自らの内に沁み込ませるような表情。
似た場面が『天外者』にもある。これはあくまで個人の感想だが、私は「カネ恋」の演技に、より心を打たれた。玲子を受け止めた慶太に寄り添ったのが三浦春馬だ。何不自由ないドラ息子とみなされて、周囲に理解されにくい慶太の優しさや哀しみまでもが伝わり、私は10年近く前に聞いたあの言葉を思い出した。
「人間って単純じゃないですよね」。
目に見えるもの、見せたものが全てではない。誰にも見せない、本人だけの大切なものがある。それがあるから、その神秘性に人は惹きつけられるのだ。
『天外者』撮影後から数ヵ月の間に彼は俳優として進化していた。だからこそ、惜しい。若さや美貌だけが頼りの俳優でないことは、とっくに証明済みだ。もっともっと、人間の複雑さを、心の機微を演じて見せてほしかった。
こうして書き連ねているうちに、三浦春馬という存在自体が代表作だったのではないか、という気がしてきた。新しい役と出会うたびに、新たな表情を見出し、常にアップデートしていった大器。これまでずっと、最新の彼の活躍に感銘を受けながらも、常に「その次」が楽しみだった。三浦春馬には、きっとまだ誰も見ていない表情があった。
青年から大人の男性を演じるフェーズに進み、新しい魅力の片鱗をちらりとのぞかせて、彼はそのまま行ってしまった。(文:冨永由紀/映画ライター)
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