宮崎駿監督・高畑勲監督と久石譲、30年に渡る共同作業を振り返る
【日本の映画音楽家】久石譲(1)
キャリア初期には現代音楽~ミニマル・ミュージックの旗手として知られ、その後はクラシックからポップス、映画音楽、CM音楽まで幅広い分野で活動を展開。近年は指揮者として純クラシック作品にも意欲的に取り組んでいる久石譲。ここでは彼の仕事でも特によく知られているスタジオジブリ作品の代表的な5作品にフォーカスし、宮崎駿・高畑勲両監督との30年近くに渡る共同作業を振り返りたい。
・映画音楽家・坂本龍一のキャリアは『戦場のメリークリスマス』から始まった
◎『風の谷のナウシカ』(1984年)
2013年の『風立ちぬ』まで続く宮崎駿と久石譲の共同作業の原点。『風の谷のナウシカ』の音楽の候補には、もともと細野晴臣、坂本龍一、高橋悠治、林光といった音楽家の名が挙がっていたという。中でも細野晴臣は、公開に先立ってイメージソングとしてリリースされた安田成美の「風の谷のナウシカ」を作曲。その流れで劇伴も手がける方向で話が進んでいたようだが、最終的には本作にプロデューサーとして関わっていた高畑勲の意向で当時はまだ無名に近かった久石譲が起用されることになった。久石はサウンドトラックに先行してリリースされた映画のイメージアルバムの録音を通じて宮崎・高畑の両人と知己を得ている。高畑は久石の音楽的素養はもちろん、宮崎駿に匹敵する創作への熱意に惹かれたようで、「この人は無邪気だ。宮さんに似ている」と、本作を高畑とともに製作面で支えた鈴木敏夫に伝えたという。
改めて今の耳で聴くと、本作のサウンドトラックには久石譲のルーツであるミニマル・ミュージックの要素を少なからず聴き取ることができる。宮崎駿のわずかなメモの切れ端をヒントに作曲されたというオープニングテーマこそ後年のジブリらしさ・宮崎駿らしさを象徴する王道的なオーケストラ曲に仕上げられているが、全体を通して意外なほどシンセサイザーの使用率が高く、BOØWYとしてブレイクする前の布袋寅泰がギターを弾く「王蟲の暴走」やインド音楽風味の「風の谷」など、曲調の振り幅が広いことも大きな特徴となっている。
◎『となりのトトロ』(1988年)
『天空の城ラピュタ』の成功を受け、世間や製作会社の上層部から『ラピュタ』路線の冒険活劇を期待される中、意表をつくハートウォーミングな童話ということで、公開当時は必ずしも大歓迎されたわけではなかった『となりのトトロ』。そのサウンドトラックは、オープニングの「さんぽ」やエンディング主題歌の「となりのトトロ」のような、一聴すればいかにも童話らしいほのぼのとした楽曲が並んでいる。まっくろくろすけがサツキとメイの家から離れていくシーンで流れる「風のとおり道」を指して高畑勲は「聴けばすぐに“日本的”と感じられる旋律表現の誕生」と絶賛していたりもする。
しかし「久石譲らしさ」が最も発揮されている曲という意味では、サツキとメイがトトロに遭遇するバス停のシーンで流れる「トトロ」を忘れてはいけない。宮崎駿は当初、このシーンに音楽は必要ないと考えていたそうだが、鈴木敏夫が高畑にアドバイスを求めたところ、即座に「ここは久石さんの得意なミニマルで行くべきだ」という答えが返ってきたという。実際、この曲はシンプルな反復フレーズにサンプリングされた人の声が何重にも重なるだけの地味な曲だが、高畑はこの曲によって「大人もトトロの存在を信じることができた」とのちに語っている。
◎『もののけ姫』(1997年)
カウンターテナー歌手、米良美一のエンディング主題歌「もののけ姫」があまりにもインパクトが強く、ジブリ作品の中でも本作のサウンドトラックについてはあまり多くが語られてこなかった観があるが、ここでの久石譲の作曲家としての熱量は他のジブリ作品を圧倒している。
舞台が中世の日本を想定したものであったため、久石譲は当初この映画のサウンドトラックを日本古来の伝統楽器を多用した邦楽的な楽曲で統一しようと考えていたとか。しかし先行リリースされたイメージアルバムでの尺八や琵琶を使った楽曲で宮崎から好ましい反応を得られなかったため、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団によるオーケストラをベースに篳篥やケーナを隠し味として使うアプローチに転換。西洋的・東洋的といった聴き方に捉われないサウンドを目指したという。この時期の鬼気迫る宮崎駿に共鳴するように生み出された33曲それぞれの濃密さを、改めて感じていただきたいところだ。
◎『ハウルの動く城』(2004年)
久石譲は自著『感動をつくれますか?』(2006年/角川書店)の中で『ハウルの動く城』の劇伴について、4ページを割いて書き記している。この作品のサウンドトラックでは、全33曲中18曲でメインテーマのフレーズが変奏されているが、これは「徹底的にひとつのテーマ曲でいきたい」という宮崎監督自身の意向を反映した結果だという。主人公のソフィーがシーンによって若返ったり老けたりするため、見る人たちの気持ちが持続するよう音楽に一貫性を持たせたいというのがその理由だった。
本作のサウンドトラックを聴くと、オープニングの「人生のメリーゴーランド」の冒頭35秒で唐突にピアノの単音によるメインテーマが提示される。そして「空中散歩」では弦楽器のピチカート奏法によって、「ときめき」では再び寂しげなピアノの単音で、「ソフィーの城」ではフルオーケストラによる大合奏でこのメロディが繰り返し登場する。このメインテーマを宮崎駿にプレゼンするにあたり、久石はわざわざ宮崎のアトリエに出向き、そこにあったピアノで実際に弾いて聴かせたそうで、そんな熱量がじんわりと伝わってくるような、聴き返すたびに味わいが深まるメロディである。
◎『かぐや姫の物語』(2013年)
音楽に造詣の深い高畑勲は、『ナウシカ』で久石譲を起用することを宮崎駿にすすめ、『ラピュタ』や『トトロ』でも「音楽のことは分からない」と言う宮崎に代わって的確なアドバイスをしてきたが、自身の監督作となると久石を音楽に起用したのは遺作の『かぐや姫の物語』のみ。「宮崎作品=久石譲の音楽」というイメージが世に浸透してしまったため、久石の起用を遠慮していたのだという。
『かぐや姫』ではぜひ久石譲を起用したいと考えたものの、本作は当初、宮崎監督『風立ちぬ』(久石が音楽を担当)との同時公開が予定されていたため、久石が『かぐや姫』を手がけることは物理的に叶わなかった。しかし『かぐや姫』の公開がずれ込んだことで、奇しくも久石の“兼任”が可能になったわけだ。
久石にとっても高畑監督作品への参加は悲願だったというだけあり、本作のサウンドトラックは数あるジブリ音楽作品の中でも質・量ともに圧倒的だ。『もののけ姫』を経て確立された純邦楽と西洋音楽の配合バランスが絶妙で、すべての曲が二階堂和美によるエンディング主題歌「いのちの記憶」につながる序奏のようにも感じられる。二階堂のカヴァー集『ジブリと私とかぐや姫』と併せて、改めて聴き返す価値のあるサウンドトラックだ。
2013年の引退宣言を撤回し、宮崎駿監督は復帰作『君たちはどう生きるか』の制作を進めている。その音楽を久石譲が担当しているかどうかは明らかにされていないが、公開される頃には80歳を超えている宮崎駿の映像に、70歳超の久石譲はどんな音楽を付けるのか。今から両者の“再会”に期待が膨らむ。(文:伊藤隆剛/音楽&映画ライター)
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