是枝監督と念願のタッグを組んだ『万引き家族』
【日本の映画音楽家】細野晴臣
“日本ポピュラー音楽界の至宝”とされる細野晴臣。同じYMOのメンバーである坂本龍一が『戦場のメリークリスマス』や『ラストエンペラー』『レヴェナント:甦りし者』といった有名作の音楽を手がけたことで世界的に知られているため影に隠れがちだが、細野晴臣もまた映画音楽家として充実した作品をいくつも発表している。
・映画音楽家・坂本龍一のキャリアは『戦場のメリークリスマス』から始まった
細野晴臣の映画音楽といえば、まずはやはり是枝裕和監督の『万引き家族』(2018年)が記憶に新しい。『誰も知らない』『歩いても 歩いても』、テレビドラマ『ゴーイング マイ ホーム』のゴンチチ、『奇跡』のくるり、『海よりもまだ深く』のハナレグミなど、是枝監督は過去の作品においてもいわゆる「映画音楽の専門家」ではなく、作家性の確立したアーティストに音楽を依頼することが多かったが、もともと細野晴臣の手がけた『銀河鉄道の夜』(1985年)や『メゾン・ド・ヒミコ』(2005年)の音楽が好きだったそうで、両作のサウンドトラックCDを日頃から愛聴していたという。2009年の『空気人形』では実際に細野を起用する方向で話が進んでいたらしいのだが、いろいろな事情から実現には至っていない。
いっぽうの細野晴臣も以前から是枝作品のファンだったそうで、件の『空気人形』は昔住んでいた街がロケで多用されていたこともあり愛着の強い作品だと語ったことがある。『万引き家族』の公開時期に細野のレギュラーFM番組にゲスト出演した是枝監督に「実はあの映画の音楽、細野さんに頼みたかったんですよ」と告白され、「それはやりたかった!」と本気で残念がっていたから、『万引き家族』はお互いにとってまさに待望の共同作業だったと考えていいだろう。
音楽というより音の断片、意外なほど地味な細野の映画音楽
細野晴臣の映画音楽は、端的に言ってとても地味である。特に『万引き家族』は、極めて匿名性が高い。先の『銀河鉄道の夜』『メゾン・ド・ヒミコ』、あるいは『源氏物語』(1987年)や『グーグーだって猫である』(2008年)といった作品にはまだ見る者に“音楽”として記憶に残るフレーズが用意されていたのに対して、『万引き家族』では映像の添えものに徹した“音”の断片が散りばめられている。オープニング近くで聴こえてくるカドの取れた丸いピアノの音像などに細野っぽさを感じるコアなファンは少なくないだろうが、その後の展開で“細野晴臣の音楽”を意識する場面はほとんどない。どの楽曲もメロディらしいメロディを持たず、和音やリズム、サウンドエフェクトのみで構成された、とても抽象的な仕上がりである。
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映像と音が重なったときにわかるその素晴らしさ!
しかし、映像と重なり合うとグンと存在感を上げてくるのが細野晴臣の映画音楽の特徴。映画を見終わった後に頭の中でプレイバックされるシーンには、細野の音が多く散りばめられているに違いない。昨年11月に公開されたエドモンド・ヨウ監督の『Malu 夢路』もそれは同じで、サウンドトラックを単体で聴くと味気ないものに感じるかもしれないが、ひとたび映像と重なると「なるほど」と腑に落ちる楽曲ばかりだ。
2019年には音楽家デビュー50周年という節目を迎え、ドキュメンタリー映画『No Smoking』も公開された細野晴臣。枯山水の境地に達しながらも、ソロ活動ではいまだ新しいトライアルを続けている。映画音楽の世界でも、引き続き活躍を期待したい。(文:伊藤隆剛/音楽&映画ライター)
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