賞レースの有力候補『サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~』
【週末シネマ】日本時間3月1日に発表される第78回ゴールデン・グローブ賞映画部門のドラマ部門で、リズ・アーメッドが主演男優賞にノミネートされているAmazon Prime Videoにて独占配信の『サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~』。タイトル、そしてタトゥーだらけの上半身裸でドラムを叩く主人公のヴィジュアルから、ロックの業界ものかと思いかけるが、さにあらず。突然、重度の難聴を患ったヘヴィメタルバンドのドラマーの苦悩と再生に寄り添う物語だ。
・鬼才フィンチャーが名作の脚本をめぐる舞台裏を描いた『Mank/マンク』
恋人のルー(オリヴィア・クック)と2人でバンドを組み、トレーラーハウスで各地を移動しながら生活しているドラマーのルーベン(アーメッド)。ドラマーで大音量のライブで叩き続けてきた彼はある日突然、重度の聴覚障害に見舞われる。
ミュージシャンにとっては致命的であり、それ以前に、当たり前に享受していた五感のひとつが失われていく不安と恐怖は計り知れない。突然の試練を受け入れられず、ルーベンはもがき苦しむ。
聞こえなくなるということを追体験させる独創的な表現
いま、彼の耳には何がどう聞こえているのか? それを緻密に作り上げ、映像でも見せる。その表現は目から鱗が落ちるように具体的だ。身近に耳の遠い者がいるが、その人に聞こえている世界を想像することができた。相手が大声で話しても、音がしているのはわかるが、何を言っているのかはさっぱり聞き取れない。このもどかしさ、絶望に直面しながら、ルーベンはあらゆる策を講じて必死の抵抗を試みる。
やがて、薬物依存でもあったルーベンは、依存症のろう者が集まる自助グループに参加する。
手話を学ぶことさえ拒んできたルーベンは彼らとの交流を通して、徐々に新しい世界を見出していく。薄皮を剥がしていくように変化しては、また葛藤する。荒ぶるルーベンの魂の彷徨をリアルに表現するアーメッドは、本作のためにドラムや手話を習得。すべての表現に大いなる説得力があふれる名演は、すでに多くの映画賞で評価され、オスカー前哨戦の1つであるナショナル・ボード・オブ・レビュー賞やサテライト賞で主演男優賞を受賞し、今年は4月に発表される第93回アカデミー賞でも本命の1人と目されている。
人生のための決断とその先に訪れた世界とは
恋人の身を案じながら、あえて距離を取ることを選んだルー、自助グループを率いるベトナム戦争帰還兵のジョー(ポール・レイシー)の背景も示唆に富み、豊かなストーリーが広がっていく。だが、居場所を見つけたかに思えたルーベンはまた新たな岐路に立つ。聞こえるということを諦めきれない彼の決断とその結果について、ジャッジを下さないまま、ダリウス・マーダー監督は描いていく。生きやすい方を選ぶのか、それとも。
どんなに美しい調べも、心地よいはずの響きも、不快な金属音(サウンド・オブ・メタル)になってルーベンを取り囲む。そして次に訪れる静寂。これも彼に聞こえている世界だ。ただ、これが終着点ではなく、この先に続いていく世界を創造させる。苦しみながら、悲しみながら、すべて自分で選んで決めていく。自由という孤独が美しい。(文:冨永由紀/映画ライター)
『サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~』は、Amazon Prime Videoにて独占配信中
Courtesy of Amazon Studios
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