キーボード奏者としてデビュー、90年代には多数のCM音楽を手がける
【日本の映画音楽家】菅野よう子
両親に買ってもらったピアノで、2歳半の頃には曲を作っていたという菅野よう子。言葉で伝えきれない気持ちをメロディにして伝えていたというエピソードからも、その神童ぶりがうかがえる。早稲田大学在学中の80年代半ばよりゲーム音楽の作曲やアーティストへの楽曲提供、セッションミュージシャンとしての活動を始め、てつ100%というロックバンドのキーボード奏者として1986年にデビュー。90年代に入るとCM音楽を数多く手がけ、その数は1000曲を超えると言われている。そのうち多くの人に知られる代表的な仕事はのちに『CMようこ』という編集盤シリーズにまとめられ、いまも聴くことができる。
・没後25年、武満徹のメロディアスな映画音楽をあらためて聴いてみたい
聴いたこともなかったアニソン分野で才能を発揮!
アニメ音楽の分野にファンの多い菅野だが、初めて手がけたアニメ作品のサウンドトラックは1994年の『マクロスプラス』。ライ・クーダーを思わせるブルージーなスライドギターによるソロ演奏の1曲目「Welcome to Sparefish」からして、従来のアニソンの常識を軽く超えるものだが、当時の菅野はアニメを見たことも、アニソンを聴いたこともなかったとか。アニソンの既定路線にとらわれなかったことがプラスに作用し、それまでになかったユニークなアニメ音楽が生まれたわけだ。
1998年には『カウボーイビバップ』の音楽を担当。オープニング曲の「Tank!」に代表されるような、ビッグバンド編成によるジャズをベースとしたサウンドは、ジョン・バリーの『007』シリーズやラロ・シフリンの『スパイ大作戦』、大野雄二の『ルパン三世』といった流れを汲むもので、THE SEATBELTSによるキレのある演奏も手伝って第13回日本ゴールドディスク大賞のアニメ部門を受賞するなど高評価を得ているが、菅野自身にはジャズの素養はなく、むしろまったく興味がないと発言しているのが面白い。
これまで菅野は、『マクロス』シリーズ、『カウボーイビバップ』のほか、『創聖のアクエリオン』『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』など、たくさんのアニメ作品を手がけている。『WOLF’S RAIN』のオープニング曲「stray」のように、一聴すると洋楽のヒット曲かと聴き違えるような楽曲もあるし、Gabriela Robin名義によるヴォーカル曲も人気が高い。しかし一方で、その作風の幅広さやオールマイティぶりから音楽家としての実像を掴みにいのも事実で、その仕事量に比べると一般的な音楽ファンや映画ファンへの知名度は特別高いとは言えない。
『海街diary』や『ごちそうさん』ではシンプルなメロディを作品に添えて
そういう意味では、2015年の是枝裕和監督作品『海街diary』や、2013年の連続テレビ小説『ごちそうさん』は、普段アニメはあまり見ないという映画&音楽ファンにも広く知られる菅野よう子作品ということになる。『海街diary』は、多くのアニメ作品で聴けるスタイリッシュかつ技巧的な作風とは違い、アコースティックギターやピアノの朴訥とした単音でメロディを紡ぐような楽曲が多く、音楽家としてのもっともシンプルで装飾のない表現を聴くことができる。『ごちそうさん』もその方向性は同じで、戦後の日本を明朗闊達に生きるヒロインに少ない音数で寄り添うメロディが素晴らしかった。
依頼されて作る楽曲に関しては、無理難題を押し付けられるほど「私がなんとかしてあげる」という気持ちになり、制作に力が入るというだけあって、菅野よう子はさまざまなアーティストや映画監督、あるいはCMのクライアントから厚い信頼を得ている。そろそろあらゆる制約から開放された環境で、シンガー・ソングライター的な作品なんかも作ってほしいと思う。(文:伊藤隆剛/音楽&映画ライター)
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