女子アスリートは見下されている? 男女の報酬格差8倍(!)に抗議の声を上げた女子テニスチャンピオンの物語
大坂なおみ選手の大先輩が半世紀前に挑んだ戦いとは?
【週末シネマ】先ごろ閉幕したテニスの全仏オープンで、開幕直前に大坂なおみ選手が試合後の記者会見不参加を表明したのは記憶に新しい。主催者は罰金を課し、4大大会出場停止の可能性を警告、大坂選手は2回戦を前に「トーナメントにとって最善の方法」として棄権を表明し、2018年の全米オープン以降、うつ状態に苦しんでいることを告白した。
この事態に思い出したのが、2017年の映画『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』だ。タイトルの「セクシーズ」とはSEXES、つまり性別(SEX)の複数形のことで、ここでは男女の性別間の戦いを指す。1973年にテキサス州ヒューストンのアストロドームで行われた、当時のテニス女子世界一の選手と元男子世界一の選手によるエキジビジョン・マッチ「バトル・オブ・ザ・セクシーズ」が題材だ。
・『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』エマ・ストーン インタビュー
エマ・ストーンが女子テニス界のNo1であるビリー・ジーン・キング、スティーヴ・カレルが55歳の元チャンピオンで「男尊女卑のブタ」と自称するボビー・リッグスを演じる。
男女の賞金格差に異を唱えて女子テニス協会を立ち上げたビリー・ジーン
1973年、ビリー・ジーン・キングは、グランドスラムで活躍する女子選手が観客動員で劣らないにもかかわらず、報酬が男子選手の8分の1であることに激怒し、全米テニス協会に男女の賞金格差の是正を訴え、要求を拒否されると、賛同する女子選手たちと新たに「女子テニス協会(WTA)」を結成した。
苦労して見つけたスポンサーは煙草の「ヴァージニア・スリム」。選手に商品の推奨を促すなど、煙草の扱いに隔世の感があるが、薄笑いしながら女性選手の主張をはねつける男性テニス関係者との戦いに、なりふりなど構っていられない切実さが滲む。
ストーンは、自らの実力を盾に主張することを恐れない勇気とデリケートな内面を併せ持つビリー・ジーンを、無防備さを感じさせるほどリアルに演じる。カレルも、彼以外にボビーを演じる俳優は想像できないほどの名演だ。過去の栄光さえ忘れ去られつつある悲哀を、ジョークで誤魔化して強がる様は痛々しい。
ギャンブル好きで目立ちたがり屋のボビーは、世間を賑わせていたWTAの闘争に着目するや、ビリー・ジーンに試合を申し込む。見世物扱いは御免だと一度は拒絶するも、彼女はこの挑戦を受けて立つしかない状況になる。この頃には、親しくなっていた美容師との関係が結婚や競技生活にも影響を及ぼし始めていた。
優劣をつけたいのではない、平等に扱われたいだけ
ビリー・ジーンの当時の夫ラリー・キングは、妻にとって最優先事項はテニスであることをわきまえてサポートに回っていた。ボビーは経済力のある妻プリシラに物心両面で依存している。古風な価値観に則れば、男女逆転の結婚生活を送っていたビリー・ジーンとボビーが、各々のジェンダーを代表してのバトルを繰り広げた点が興味深い。
「私たちは男性と変わらない力がある」「同等と認めてほしいだけ」とビリー・ジーンは言い続ける。どちらが優れているのか、ではない。だが、男性側は「女はプレッシャーに弱い」などと言いながら、優劣をつけたがる。
共同監督のヴァレリー・ファリスとジョナサン・デイトン(『リトル・ミス・サンシャイン』)の演出には、このような考えに対する批評が込められている。彼らは決してボビーを悪役としては描かない。見世物の道化師に徹する男も、一心不乱に競技に打ち込む女も、どちらも等しく必死で真剣。あらゆる面で相反する個性でありつつ、同じコートで球を打ち合う2人が勝負する試合シーンは心地いい緊張感を帯びていく。
テニスではない、“私”の部分のビリー・ジーンとボビーの描写からは、本当の自分を大切にするということも、この作品のテーマだと思えてくる。“なりたい”でもなく、“ならなければならない”でもない、“本当の自分”でいること。たとえ、誰もが尊敬するような立派な人格でなくても構わない。
依然として残る格差、でも声を上げなければ変わらない
WTA発足時の記者会見で、男女格差を告発し、象徴的な契約金である1ドル札を持って記念撮影に応じたビリー・ジーンは、大坂選手の会見不参加表明に理解を示しつつ、SNSがなかった当時はメディアに出ることだけが自ら発信する唯一の手立てだったと話している。それぞれの時代に、それぞれの戦い方があるのだ。
大坂選手は、不参加表明後の世論の批判を受けて、長い間うつに苦しんできたことを公表した。彼女がプライバシーを代償にしなければならなかった現状は一考の必要はあるが、自分を守り、結果として同じように苦しむ人々を守った勇気には頭が下がる。
彼女もビリー・ジーン・キングも自らの立場を賭して、テニス界、ひいては社会に一石を投じた。バトル・オブ・セクシーズから半世紀近い時間が経った今も、格差は依然として残っている。だが、声を上げなければ何も変わらない。
一見キワモノ試合の顛末かと思わせる本作は、真摯で大切なメッセージを携えている。(文:冨永由紀/映画ライター)
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