代表曲「奇妙な果実」が意味するものとは
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「南部の木々は奇妙な果実をつける/葉には血が流れ、根にも血が滴り落ちる/南部の風に揺れる黒い体/奇妙な果実がポプラの木々から垂れ下がっている/雄大で美しい南部ののどかな風景/飛び出した眼、ゆがんだ口/マグノリアの甘くさわやかな香り/そこに突然漂う焼け焦げた肉の臭い/ここにもひとつ、カラスについばまれる果実がある/雨に曝され、風に煽られ/日差しに腐り、木々に落ちる/奇妙で惨めな作物がここにある」
ビリー・ホリデイの代表曲「奇妙な果実(Strange Fruit)」は、ロシア系ユダヤ人でNYの公立高校教師のエイベル・ミーアポルによって、1937年にその原型が書かれた。彼にこの歌を書かせたのは、インディアナ州で撮影された一枚の写真。凄惨なリンチの末に命を奪われたあげく、木に吊るされた2人の黒人男性をとらえたその写真に衝撃を受けた彼は、「苦い果実(Bitter Fruit)」という一編の詩をルイス・アレンのペンネームで共産党系の機関紙に寄稿する。
・Black Lives Matterにも重なる、モータウン60年の軌跡「芸術に色は関係ない」
公民権運動にBLM、プロテスト・ソングとして強い影響力を持ち続ける
黒人の亡骸を果実にたとえ、アメリカ南部で続く黒人差別の実態を静かに告発したこの詩は、一部の人々に強烈なインパクトを与えた。タイトルを「奇妙な果実」に変更してメロディをつけ、妻で歌手のローラ・ダンカンがステージで歌うようになるとその評判はさらに広まり、1939年にはNYグリニッジ・ヴィレッジのクラブ「カフェ・ソサエティ」の専属歌手であるビリー・ホリデイのステージのハイライトで歌われる重要曲になっていく。
ビリーの強い意向でレコーディングされ、1939年4月にNYの小さなレーベル、コモドアからリリースされた「奇妙な果実」は、全米で大ヒットを記録。彼女の代表曲としてだけでなく、1955年のエメット・ティル殺害事件を発端に活発化した公民権運動、あるいはここ数年で日本人にも広く知られることになったBlack Lives Matterの抗議活動の根幹に関わるプロテスト・ソングとして、リリースから80年以上が経過した現在も強い影響力を保持しながら聴き継がれている。
2017年1月にはトランプ次期大統領の就任式への出演を打診されたイギリス出身のシンガー、レベッカ・ファーガソンが、通例となっている国歌ではなく、「奇妙な果実」を歌うことを条件に出演を受諾。しかしその条件をトランプ陣営側が受け入れるはずはなく、ファーガソンは出演を取り止めた。エルトン・ジョンやセリーヌ・ディオンに次々と出演を断られ、「誰も歌い手がいない」という苦い状況にあっても、この曲が大統領就任式の場で歌われることだけは避けたかったわけだ。
インタビューを重ねたジャーナリストも謎の死を遂げ……
ビリー・ホリデイの44年の短い生涯を追った『Billie ビリー』は、シンガーとしての彼女の栄光を讃える「偉人伝」ではないし、「奇妙な果実」の誕生秘話でもない。彼女が生涯を通して悩まされたアルコールやドラッグの問題、同性・異性との幸せとは言い難い恋愛関係といった「闇」の部分にフォーカスした、いわばミステリーにも似たドキュメンタリー映画である。同傾向の内容を扱った作品として、伝記映画『The United States vs. Billie Holiday』も先頃アメリカで公開されたが、こちら(『Billie ビリー』)はユダヤ人ジャーナリストのリンダ・リプナック・キュールが1960年代から約10年間にわたり行なった関係者への200時間以上のインタビュー音声が基になっている。
カウント・ベイシーやトニー・ベネットをはじめ、ビリーの友人や親戚、元恋人、ポン引き、彼女を逮捕した麻薬捜査官や刑務所で世話をした職員などによる証言の数々は、彼女の生涯をよく知るファンにとっても驚きを禁じ得ないショッキングなエピソードが少なくない。それらの事実(特にベイシーとのエピソード)が明らかになったというだけでも本作の価値は大きいが、一方で自分に都合のいい発言しかしたくない証言者たちの脅しや罵倒に屈しない、ジャーナリストとしてのキュールの毅然とした態度にも心を打たれる。
ビリー・ホリデイの伝記を書くために数多くの関係者に会い、膨大なインタビュー音声を残したキュールは、志半ばで謎の死を遂げている。本作はビリー・ホリデイの壮絶な生涯を追いながら、並行してリンダ・リプナック・キュールというジャーナリストの生き様をもシームレスに描き出すことで、彼女もビリーと同じく様々な差別の中で死んでいった「犠牲者」であることを浮き彫りにしていく。
死後60年を経ても色褪せない圧巻のパフォーマンス
そしてもうひとつ、ビリー・ホリデイの歌唱シーンが最新技術によってカラー映像で再現されているのも本作の大きな特徴だ。先の「奇妙な果実」はもちろん、世界に衝撃を与えた彼女のパフォーマンスが初めてカラー化された意義は大きく、死後60年を経た現在もなお色褪せないその歌声に圧倒される新しいファンも多いに違いない。
Black Lives Matterの抗議活動などを通じて、世界中の人々に意識のアップデートが求められている。現在公開中のスパイク・リー監督の音楽映画『アメリカン・ユートピア』の中で、デイヴィッド・バーンはジャネール・モネイの「Hell You Talmbout」をカバー。「その名前を言え!」のかけ声とともに理不尽な差別による暴力で命を奪われたアフリカ系アメリカ人の名前が連呼されるこのプロテスト・ソング(そこには先述のエメット・ティル少年の名前も含まれている)を歌うことで、「世界も自分もより良い方向に変わっていかなければいけない」という真摯なメッセージを発信している。そんな現代に生きる我々が今改めて「奇妙な果実」とビリー・ホリデイの生涯に立ち返るのは、必然以外の何ものでもない。(文:伊藤隆剛/音楽&映画ライター)
『BILLIE ビリー』は、2021年7月2日~15日まで、<Peter Barakan’s Music Film Festival>にて上映
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